2010年6月20日日曜日

数式のフトコロ [ノスタルジア]

霞む大地、一本の木、うねる道、黒いワーゲン。ロシア人作家がやって来たのはイタリアの片田舎だった。郷愁は感じるけど原郷とは違う。作家は何を見ても満足しない。神父は言う。「大切なのは幸福になることではない」と。教会の儀式は鳥を籠から解き放つこと。なだらかな斜面に建つ木の家の前では黒い犬がじっと誰かを待っている。これが作家の原郷イメージ。「生き方を変える」と作家は呟く。石のプールに湧く温泉には霊気がある。悩める人がやって来る静かな湯治場。風変わりな男と出会う。「一滴の水滴に一滴の水滴を足しても一滴の水滴だ」と男は言った。作家はナニカを感じた。彷徨い込んだ廃墟の中には透明な水が流れている。水草がしなやかに揺れている。人間など存在しなかった太古の時代を思わせるその平然とした様子をいつまでも見続けていたい。妙に心地よいのだ。ロシア人作家は一人で泣いた。風変わりな男はローマに出かけて焼身した。作家は蝋燭の炎を守りながら歩いた。原郷のイメージに雪が降る。タルコフスキーによる幻想のリアリティだ。映画[ノスタルジア](1984年日本公開)は奥行きの風景だった。

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