2011年1月24日月曜日

シレンシオ以前 [マルホランド・ドライブ]

金髪のベティはちょっとした映画のオーディションに参加したよ。(裕福な)叔母の紹介だ。プロデューサーと知り合いなんだそうだ。(だからプロデューサーも高齢なんだ)低予算映画だけど、スタッフルームはハリウッドのスタジオの一角にある。ベティにしてみれば憧れの世界。胸をときめかせて出かけて行ったよ。行ってみたら(やっぱり)小さなスタッフルームだったけど、みんな温かく迎えてくれた。低予算映画ならではのアットホーム感だ。高望みをしないホドホド志向がモッタリとした老人ホームのような雰囲気を醸し出している。それだってベティにとってチャンスであることに代わりはない。いきなり主演男優と密着して演技をして見せたよ。キスだってしちゃうし涙も流した。真に迫った本格的な芝居を見せつけてやったよ。そりゃ、拍手喝采さ。でも小さな部屋の低予算映画だから数人の拍手なんだけどね。いいさ、それでも、ベティはやり遂げた満足感でイッパイだった。これが映画スターへの第一歩なんだと思ったはずさ。意気揚々とスタッフルームを出で、廊下を歩いていると話しかけられた。オーディションに同席していたキャスティングマネージャーだ。このおばさんは見るからにやり手だぞ。「あの人たちは、もう終わった人間なの、感覚が古いのよ」とアッサリ言われてしまう。「さあ、いらっしゃい、ヒット間違いなしのメジャーな現場を見せてあげるわ」と、連れて行かれた大きなスタジオでは、セットを組んで本番さながらの規模で主役オーディションが行われていた。スタッフも大人数で見学者もゾロゾロいる。空気も張りつめているし、なんたって華やかなんだ。ディレクターチェアに監督がヘッドホンをかけて座っている。うしろ姿だったけど、声をかけられて振り向いたよ。黒いセルのメガネのアダム・キャシャーだ。ベティとアダム監督はパチンと一瞬目が合ったよ。実はこの邂逅が映画[マルホランド・ドライブ]の中で重要な出来事なんだ。( [マルホランド・ドライブ]には、思わせぶりでも重要じゃない出来事がたくさん登場するから見極めがムズカシイ) 偶然の出会いが人生をガチリと決めてしまうというのは、デビッド・リンチの一貫したテーマだと思う。でも、リンチ式だから、そうそう順当には話は進まないよ。この出来事はこれで途切れて関係ないエピソードがまた表れる。次は泣き女が登場するよ。「みなさんお静かに!」ってね。